ウィーン、我が夢の街(5)



 「あーーーっ!」と叫んだうさぎが、バスの窓の外を指差した。

 そこに見えたのは、ケルントナー通りを歩く一人の男性。まぎれもまく、ウィーン・フィルのソロ・フルート奏者、ウォルフガング・シュルツ氏であった。

 「シュルツさんだ〜!」つられて私も大騒ぎ(^_^;)。ただならぬ雰囲気に、Kさんが、「え?誰がいたんですか。」と問いかける。二人で「シュルツさん。ウィーン・フィルのシュルツさん!」と、完全に舞い上がっている。もはや、ほかのお客さんは、誰もついてこれなくなっている(笑)。

 Kさんから、「ほ〜シュルツさんを知っているんですか?」と話を向けられ、もう、うさぎ節が絶好調。キュッヒルさんがどうした、シュルツさんがどうした・・・。

 バスはケルントナー通りの、国立歌劇場脇に停車。ここでバスとは別れて、Kさんの行き付けのお店に案内されることになった。運転手さんに「ダンケ。アウヴィダゼーン。」と挨拶をして、バスを降りる。

 バスを降りて、Kさんと話をしながら店に向かう。日本からウィーンフィルの「マタイ」と国立歌劇場のリエンツィを押さえ、今朝はウィーン交響楽団の「ブルックナーの6番」を予約したと言ったら、「そりゃ、すごい。また玄人好みのプログラムですね〜。」と言われた。Kさんもブルックナーが好きだということが判明。ここにも同志がいた(笑)。

 その店は、ケルントナー通りに少し入ったところを右折し、マクドナルドの先のところにあった。もう名前は忘れてしまったが、今でも行けば分かる。

 Kさんの話によると、この店には、大蔵省の役人が来たり、ウィーン・フィルの主席フルート奏者のニーダーマイヤーさんもよく来るとのこと。

 日替わりの定食が美味しいとのことであったが、定食(ビーフシチュー)はあと2つしか残っていないとか。4組(8人)だったが、初日の夜に、ミューラーバイスルで似たようなものを食べたし、別にどうしてもそれを食べたいとも思わなかったので、「それがいい!」という他の2組に譲り、私はチキンレバーの煮込み。うさぎは、ゲミューゼプラッテ(ブロッコリーとかジャガイモとかカリフラワーとかの野菜を炒めて目玉焼きをのせたもの)を注文した。

 飲み物は、アップルジュース。炭酸割りとストレート。

 飲み物が来たところで、乾杯。すこしおしゃべりをしながら、料理ができるのを待つ。奥の厨房から、ドンドンドンという音が聞こえる。「あれ、ウィーナーシュニッツェルを本当に作っているという証拠です。あの音がしないで出てきたら、出来合いのを出してきたのかもしれませんよ。」と教えてくれた。

 Kさんは、自分のことをあまり詳しく話さなかったが、どうもウィーンの大学に留学してきて、そのままこちらに居着いてしまったらしい。「寅さん」の映画をウィーンで撮ったことがあったが、そのときのお手伝いをした話などをしてくれた。現在は、演奏会等の手伝いをしながら、ときたま、こうしたガイドをやっているとか。

 うさぎが、地図を取り出して、「この場所を教えてください」と聞いている。ウィーン・フィルのチケットを引き換えるのが、現地のプレイガイドなのであるが、その場所がよく判らないので、教えてもらっているのだ。

 そんな話をしているうちに、料理がやってきた。ここも、量がたっぷり。私のたのんだチキンレバーの煮込みは、ネギの類が入っているので、とても香りがよい。うさぎのゲミューゼプラッテも、色とりどりの野菜がたっぷり。

 おなかがいっぱいになった頃、Kさんは、「じゃあ、僕は、これで帰りますから。お勘定はめいめいやっておいてください。値段は、定食が80シリングくらい。他の料理は70シリングくらいです。チップは10パーセントね。」と言い残して、帰っていってしまった。

 一つ心配が。このテーブルを担当してくれた女性は、英語は全く分からないようだ。おまけに、他のお客さんも、「私ドイツ語だめ」という人ばかり。一体、きちんと支払いができるのだろうか。

 みな、不安を押し隠しながら(^_^;)、おしゃべりをしていたが、「そろそろ・・・」という潮時になった。とりあえず、先ほどの女性に来てもらう。例のごとく、手に字を書く真似をしたら、「ヤー」と言って、お勘定をしに来てくれた。

 ところが、このテーブルは、4組を別々に勘定してもらわなければならない。こんな難しいことは、とても言えない。そこで困っていたら、「セパラーテン? ツザンメン?」と言ってくれた。前者は「セパレート」だろうから分けるということだろう。ツザンメンは、「一緒」という意味だ。よし。そこで、2人づつをまとめて「ツザンメン」、その間を手で遮る仕種をして「セパラーテン」と言ったら、なんとか判ったようだ。

 次の難関は、何を食べたか説明すること。このとき知っていたのは「ウィーナーシュニッツェル」だけ(笑)。うさぎは、ドイツ語しか判らないこの女性に、「ベジタブル」(ゲミューゼプラッテのこと)と闇雲に話しかけているが、全くらちがあかない。しかたなく、皿を指差して、「これ、ウント、これ」という、極めて原始的な方法で対話し、勘定に入った。

 最初の二人は、ゲミューゼプラッテとウィーナーシュニッツェル。そういうと、「飲み物は何か?」と言われた。ここで、アップルジュースの炭酸入りと炭酸なしをどう区別すればいいか迷い、一瞬あせったが、ミネラルウォーターのガス入りが「ミット・ガス」、ガスなしが「オーネ・ガス」と言うのを思い出し、「ミットガス・アイン、ウント、オーネ・ガス、アイン」と言ったら通じた(^_^;) 。

 次は、私たち。私がチキンレバー。うさぎがゲミューゼプラッテ。あとアップルジュースの炭酸入りと炭酸なし。料理の列挙は無事終了。勘定をメモして渡してくれた。え〜と、「21Y」。はぁ(~_~;)?なんだ、これ。21シリング?そんなわけないよな。二人分で210円なんて。「?」という表情をすると「●×*!¥−<>」と早口で喋っているが、なんだかわかんない。う〜ん困った。とりあえず100シリング札を出してみるか。すると「@^〜¥+!」と言っている。どうも違うようだ。そこで、彼女の書いた数字をじーっと見ると...。なんだ!「Y」じゃなくて「7」だ。217シリング。これで数字が会うわ。あわてて250シリングを出して、出してくれたお釣を「ビッテ」と渡す。「ダンケ(にっこり)」。いや〜やれやれ。

 あとの人たちのお勘定も無事終了し、そこで解散。もともと団体で来たわけでもないので、三々五々、午後の目的地に向かう。

 我々は、まず、先ほど教えてもらったウィーン・フィルのチケットの引換場所を探すことにした。「シュテファン教会から歩いて5分」と書かれているが、貰った地図がわかり難い。ともかく、まずシュテファン教会に行く。そこからそれらしい道をたどっていく。あれ?いつのまにか行き過ぎている。スタスタと戻る。おかしいな〜。別にプレイガイドみたいなところがない。行きつ戻りつしながら、住所表示の場所に来た。ほんとにここだろうか。小さい扉しかない。思い切って中に入る。

 あ。チラシやらが一杯並んでいる。これじゃあ、表から全然判らないじゃないかと思いながらも、ケバケバしく看板をつけたりポスターを張り散らしたりして街の雰囲気を壊すようなことはしないのはさすがだとも感心した。

 中に入る。お約束の「グリュス・ゴット」。これでお店の人も優しく迎えてくれた。ここからは、片言の英単語羅列。「アイ・リザーブ・コンサート・ウィーナーフィルハーモニカー。フロム・ジャパン。」といって、引換券を呈示する。向こうはすぐ頷いて、発券手続をしてくれた。これで、無事ウィーン・フィルのチケットの現物も入手。

 旧市街を少し散策してから、市立公園に行くことにした。


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