朝比奈先生への弔辞


 2001年12月29日の夜、年賀状300枚をようやく書き上げて午後11時過ぎに郵便局に届け、ホッとして早寝しました。30日の朝ゆっくり起きて食事をした後、母からの電話で先生のご逝去を知りました。最初は何を言っているのか判らず、慌ててネットのニュース板を見ました。年末の悪い夢と思いたかったけど、夢ではありませんでした。

 10月下旬の名古屋の演奏会のあとで倒れられてから、1月のコンサートで復帰されるという報を信じていました。11月のオペラシティでのコンサート(ブル3)はキャンセルされてしまいましたが、軌跡2002のチケットも発売され、「チャイコとモーツァルトとは、楽しみだなぁ」とワクワクしていました。NJP定期のブル5のチケットも獲得していました。

 大フィルのホームページで来年の定期のスケジュールが出て、朝比奈先生の登場が11月と2月しかないのをみて、ちょっとショックでした。それにピリオドを打つニュースが、入ってきてしまいました。ほんとうに残念です。

 私が初めて朝比奈先生の演奏に接したのは、フェスティバルホールでのマーラーの千人の交響曲のLPでした。もう30年くらい前のことになるでしょうか。中学生で4チャンネルステレオを買ったときに、CD−4のLPということで買ったものでした。

 生の演奏に接したのは、これも25年くらい前の大フィル東京定期だったとおもいます。ブルックナーの4番でした。それからしばらくの間は、司法試験受験勉強のため音楽から離れ、合格して弁護士登録をしてから、また演奏会通いを始めました。久々に聴いた朝比奈先生のブルックナーは、仕事に疲弊する自分にとって、最高のエネルギーでした。

 その後、先生が京都帝国大学法学部の出身であることや、効を焦らない愚直なまでの音楽作りの姿勢、そして「朝比奈サウンド」と呼ばれる分厚い音色など、共感を覚えることが多々あり、私はどんどん朝比奈先生の世界にのめり込んでいきました。大フィル東京定期、新日本フィルのベートーヴェンチクルス、ブラームスチクルス、N響、都響への客演...。キャリアの長い朝比奈ファンに比べれば、本当にひよっ子でありましたが、最晩年の業績を堪能させていただきました。

 難事件の書面を書くとき、証人尋問の準備をするとき、私は記録をスコアに見立てて、何度も何度も繰り返して読み、基本からゆっくりとゆっくりと組み上げていくという手法をとります。時間はかかりますが、こうしていくと今まで見落としていたものや事件の筋が見えてくるのです。なかなか答えが出てこないときも、頭の中で朝比奈先生のブルックナーやベートーヴェンを鳴らして、答えが熟成するのを待ちます。これを私は「朝比奈流」と読んでいます。そういう意味で、朝比奈先生は私にとって、単に音楽面だけではなく、人生の師匠というべき存在でした。

 その師匠とももう会えなくなってしまいました。

 今年はブルックナーを多く演奏されるということで、大阪での軌跡2001のシリーズ券を思い切って買い、3回大阪巡礼をしました。

 葉桜のなか、ドキドキしながら初めてザ・シンフォニーホールに足を運んだ4月のブル5。ホール一杯にコラールの鳴り響く素晴らしい演奏でした。

 七夕の午後に煌めいた7月のブル8。ここ数年の、やや速めのテンポの音楽作りのなかで、しみじみと歌ったアダージョ。心にしみいる素晴らしい音楽でした。

 そして、初秋の寂しさに包まれた9月のブル9。昨年のヴァントの演奏とは違う味わいの、まさに白鳥の歌でした。今にして思えば、あのときの先生の姿は、それまでと違ってややおやせになって見えました。これが最後の対面でした。

 あまりに突然のお別れで、気持ちの整理がつきません。奇しくも、大フィルの年末の第9が終わった29日の深夜に旅立たれるとは。そして私個人のことを言えば、年賀状を全部出してから(賀状の中には、先生の健康について触れたコメントを書き入れたものもありました)なくなられたとは。

 ここに今年の夏の東京定期のDVDがあります。休みになったらゆっくり視聴しようと思って、昨日買ってきたものです。来年の軌跡2002への期待を込めて見ようと思っていたのに。追悼のために見なければならないのは、辛すぎる。DVDにかけるのが恐いです。

 でも、今頃は、天国で、あの笑顔で「いやぁ。(あっちの世界が)長すぎましたなぁ。」なんておっしゃっておられることでしょう。メッテル先生から「アサヒナサン サア 練習デス」とか言われて「ちょっと休ませてくださいよ。」とか。

 朝比奈先生。本当にありがとうございました。音楽ファンとして、法律家として、先生から学んだことを糧として生きていくことを誓います。

ブラーヴォー!

2001年12月30日

田中 宏

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