ウィーン、我が夢の街(24)最終回



 ぼんやりと、滑走路を眺めながら物思いにふける。

 ウィーンについて初めて聴いた生の音楽は、ケルントナー通りに立つ少女の歌声であった。のびやかで、飾り気がなく、何ら街と違和感なく溶け込んでいて、「あ〜、ウィーンに来たんだなぁ」と感じさせてくれる風景だった。

 そして最後の音楽は、カールスプラッツ駅を出たところ(国立歌劇場とは反対方向の出口)で初老の男性が弾いていたヴァイオリンだった。それまで、カールスプラッツ駅で下車すると、すぐ国立歌劇場方面の地下道に行ってしまっていたのであったが、最後に、反対側に出てみた。美しい公園のような緑が広がっていて、出口のところでヴァイオリンを奏でている男性がいた。レントラーのような曲を弾いていた。ちょっと物寂しくて、いつまでも聴いていたくなるような響きだった。

 そんな思いにふけっていたところに、バタバタとうさぎがやってきた。「いや〜。まいった。トイレに入ったら鍵が開かなくなって出られなくなった。ヘルプ・ミーっていったら、店員さんがきて開けてくれた。」

 いやはや...。

 搭乗の時間が近づいてきたので、ゲートに向かった。帰りの飛行機は行きと逆で、パリ発ウィーン経由東京行きなので、すでにパリからかなりの乗客で埋まっていた。搭乗手続きのときに、禁煙席が一杯といわれるくらいであった。

 果たして我々の席は、ジャンボの真ん中のブロック。しかし幸いに通路側の2席であったのが救いというべきか。

 機内で日本の新聞が配られた。4月1日からの旅だったから、プロ野球の開幕がまったくどうなっていたかは判らない状態。また、現地でも、日本語の新聞を見ようとも思わなかったので、まさしく半浦島状態であった。

 離陸のアナウンスがあり、現地時刻の午後9時頃、飛行機は、ついにウィーンを離れた。離陸後、しばらくしてから夕食。牛肉のビール煮込みにご飯を中心にお蕎麦やらパンやらスモークサーモンやらがついている。

 ANAとオーストリア航空の共同運航便なので、オーストリアのスチュワーデスが搭乗している。少しでもウィーンの名残を手元に置きたかったから、あえてドイツ語単語でコミュニケーションをとりつづけた。

 食事の後はうとうととまどろむ。さすがに疲れが出て、ぐっすりと眠ってしまった。目が覚めたのは、ウィーン時刻の午前3時頃。まだ腕時計はウィーン時刻のままである。

 しばらくしてから、軽食が出た。ヨーロッパでは朝食の時間帯であるが、日本では昼食の時間である。オムレツとパン、コーヒー、サラダなど。

 食事の後、ふと、スクリーンの地図を見ると、もう日本海に出ている。ほどなく、シェードのあげられた窓越しに本州が見えてきた。観念して、時計を7時間進めた。

 シートベルト着用の合図が出て、機が大きく旋回する。房総半島をぐるりとまわり込んで着陸態勢に入っていく。日本時間は午後2時過ぎ。スクリーンに滑走路が写る。着陸である。

 ドシンという着陸音。逆噴射の轟音。やれやれ、やっと帰ってきたかという思いがほんの少し。帰ってきてしまったかという思いが大半(笑)。

 荷物を整え、出口に向かう。オーストリア航空のスチュワーデスに「ダンケ。アウヴィダゼーン」と挨拶。ああ。これが旅のドイツ語使い納めか...。

 長い通路を移動して、手続を済ませる。

 JRの切符売場に向かう。見ると15分ほどで新宿行きのNEXに乗れる。さっそく切符を購入。地下のホームに降りていく。ここが、夢の国から現世への通路のような気がする。

 NEXに乗車。あとはぼんやりと車窓からの風景を眺める。千葉あたりまで来ると、もうあとは何というか(笑)。東京駅を経由して品川で山手線に平行する路線に入り、あとは埼京線ルート。午後4時前に新宿着。

 まさしく「雑踏」そのものの新宿駅南口に出て、うさぎは京王デパートに食料品の買い出し。私は荷物の番をする。20分ほど立っているだけで、ゴミゴミとした人の流れや車の流れにめまいがしてきた。

 買い物を済ませたうさぎが戻ってきた。甲州街道を横断し、下り方面でタクシーに乗る。あとは自宅まで15分ほどである。新宿付近を走っていると、見慣れたはずの林立する看板群が、やけに見苦しく感じる。

 午後4時30分頃、自宅に到着。荷物を解いて仕分けをする。留守電を聞き、メールをチェックする。事務所に簡単に帰国報告の電話。終わった。これで、初めてのウィーンへの旅は、すべて終わった。


 一週間の旅。美味しいものを沢山食べて、素敵な音楽を聴き、小さな頃から好きだった音楽家の足跡をたどり、新しい人とのつながりを作ることができた。音楽文化はもちろんのこと、私の愛するすべてがそこにあった。

 だからこそ、思う。この旅の終わりは、次の旅への始まりなのだ。必ず、また、あのカールスプラッツ駅のエスカレーターを上がり、国立歌劇場の広場に帰るときがくる。そのとき、私は、ウィーンの街に挨拶する。

 「グリュス・ゴット!」

(完)


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