ウィーン、我が夢の街(23)



 やや遅い昼食を終えて再び街に出た。ホテルへの集合時間までには、まだ間があるし、もう一つ「やっておかなければならないこと」もある。

 表通りに戻る途中、2日目の市内観光の日に昼食を取ったレストランの方に行ってみた。まだ午後3時前とあって、さすがにこの時間から表でワインを飲んでいるような人はおらず、Kさんとの再度の偶然の再会は果たせなかった。

 ケルントナー通りをふらりふらりと歩く。ウィンドウショッピングを楽しむ。EMIのCD店に入る。8日(ウィーンを離れる翌日)にワルトラウト・マイヤーのサイン会があるという告知が出ていた。

 「そろそろ」ということで、最後の課題実現に向かう。目的地はホテル・ザッハー。そう。ミーハーと言われようが、元祖(あるいは本家)のザッハートルテとアインシュペナーを楽しむのである。

 ホテルまで行ったが、果たしてカフェーがどこにあるのかわからない。正面玄関にホテルマンが立っていたので「ヴォー イスト カフェー?」と聞いたら、隣の入り口だと指差して教えてくれた。

 行ってみると、満席。給仕の女性に「ツヴァイ」と言って順番を待つ。

 15分ほどで席が空き、案内された。席につき、給仕の女性がきたので、ザッハートルテとアインシュペナーを注文。

ザッハーのトルテとアインシュペーナー


 程なくテーブルに置かれた、ザッハートルテ。チョコレートのコーティングが分厚くて、こくがあって、とてもいい味。ウィーンのケーキは甘すぎると聞かされていたが、決してそんなことはなかった。アインシュペナーにのっていた生クリームは、まさに乳脂肪の固まりという感じで、体にいいかどうかは別として、うまいことこのうえない。乳脂肪といえば、朝食のときに食べるバターも、まさしくクリームの味がしていた。

 アインシュペナーを少しずつ飲みながら、ケーキを口に運ぶ。最後のゆったりとした時間がすぎていく。


 時計をみると、集合の時間まであと1時間ほど。そろそろホテルに戻らなければならない。後ろ髪を引かれる思いで席を立つ。

 カールスプラッツから地下鉄に乗る。一週間前に、このエスカレーターを上がり、ウィーン国立歌劇場の前に出たときの感動は、決して忘れることはないだろう。何回も通った地下街。今度来るときは、どうなっているだろう。きっと、また、柱にはたくさんのコンサートのポスターが貼られているだろう。

 U4にのり、ピルグラムガッセ駅で下車。ホテル・アナナスのロビーに入る。

 預けてあった荷物を出して、迎えを待つ。もう一組、日本人の老夫婦が迎えを待っていた。

ホテル内の日本人むけデスク


 迎えがまだ来る気配がないので、なんとなく、ホテル内にある日本人向けの旅行代理店のデスクに行く。この時間には人はいない。たどたどしい字で「ミュージカル エリザベートのチケットあります。」と書かれている。すでに終わったウィーン・フィルの「マタイ」や国立歌劇場の「フィガロ」は消されていた。

 なんとなく、寂しさを感じてしまった。このデスクのスタッフのおかげで、2つのコンサートを聴くことができた。しかもブルックナーを2曲である。こういう幸運が、また巡り合ってくることを祈るばかりだ。

 午後5時。迎えの係員がきた。係員といっても、行きと同様、「いかにも旅行ガイド」というのとは程遠い人であった。名前をチェックしてもらいバスに乗りこむ。ホテルを離れるときがきた。

 バスは、ホテルをゆっくりと離れる。地下鉄のU4に沿った道を走っていく。U4の脇は、長い市場が続いている。

 もう一個所のホテルを回ってから空港に行くということで、車窓から小さな市内観光ができた。赤く塗られた分離派会館、国立歌劇場、ムジークフェラインザール、市民公園、そして路面電車。すべてが、みな抱きしめたいばかりにいとおしい。

 もう一個所のホテルでお客さんを乗せ、いよいよ中心部を離れて高速道路に入る。少しずつ日が落ちていく。建物が少なくなり、遠くに森が見える。

 シュヴェッヒャート空港に着いた。バスから荷物を出して、搭乗カウンターのところに行く。調子に乗ってあれこれと買い倒し、かなり荷物が増えたので重量オーバーになるのではないかとひやりとしたが、何とか無事パス。

 搭乗手続きを終え、ここで係員の女性と別れる。出国手続きをして、土産物を眺める。事務所の酒好きの先輩のために、シュナップスを買い求める。

 電気製品コーナーに、ザウルスにキーボードがついたのが出ていて、お〜と思ったが、さすがに買わなかった(笑)。

 うさぎはスカーフやらバッグやらに夢中なので、放っておく。

 喉が渇いたので、セルフサービスのスタンドに行き、炭酸水を頼む。こんな風に、気軽に炭酸水をオーダーできるのも、しばらくはお預けだ。

 空いている席に腰を下ろす。大きな窓からは、離発着する飛行機が見える。テレビモニターに離陸の時刻表が出ているので、とんだ飛行機がどこに行くかはあらかた判る。

 小さな飛行機が飛んだ。リンツ行きだ。

 空が黄金色に輝いている。ちょうど日が沈んだばかりで、夕闇と残光とが、実に美しいハーモニーを天空に響かせている。長いようで短い一週間の出来事を思い出しながら、炭酸水を喉に流し込む。

 ブルックナーの「ロマンティック」の第4楽章の断片が、ふと心によぎった。


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