ウィーン、我が夢の街(4)


4月2日(木)

 ふっ、と目が覚めた。心地好い目覚めだった。時計を見ると午前7時20分。今日は、バスによる市内観光があるので、9時15分までに、ホテルのロビーに行かなければならない。7時30分にアラームが鳴るようにしておいたが、その必要もなく目が覚めてしまった。時差ぼけは全くなし。

 窓を開けてみる。天気はそう悪くもなさそうだ。服を着替え、洗面所に行って顔を洗い、コップに水を注ぐ。ごくりと飲み干す。冷たくて旨い。私のような水好きには何よりのご馳走である。蛇口をひねれば、アルプスの雪解け水が出てくるのだから。

 エレベータで1階に降りる。食堂はバイキング形式。ホテルによってはパンとコーヒー位しか出ないと聞いていたので、ほっとした。

 日本人の集団席を避け、金髪の中年の夫婦が座っているテーブルに行く。さりげなく会話に耳を傾けるとフランス語であった。これなら万が一話しかけられても、沈黙だけは避けられそうである。

 席にカーディガンをひっかけ、料理を取りに行く。

 パンは円盤型のフランスパンのほか、黒パンが3種類、あと、マーブルケーキのようなパンが2種類。迷わず黒パンをスライスする。ソーセージとマスタード、スクランブル・エッグ、スライスチーズをとる。野菜はキュウリとトマトしかなかったので、トマトを沢山取ってきた。オールブランを少しだけ皿に取り、ヨーグルトをかける。

 飲み物は、牛乳、アップルジュースなど。

 黒パンにチーズをのせたり、蜂蜜をつけたりして食べる。結構固いパンであるが、中に何かの実が焼き込んであるようで、なかなか美味しい。

 コーヒーは、テーブルごとに魔法瓶(昔ながらの)でサービスされていたが、隣のフランス人夫婦の向こうにある。(う〜む。魔法瓶って、何て言ったかな。そもそも、「取っていただけますか」って言えば良いのだろうか。え〜い。面倒だ。)。「キャフェ スィル・ヴ・プレ?」と言ったら、取ってくれた(^_^;)。

 食事を終えて、部屋に戻る。身支度をして、枕元にベッドメーキングのチップ(各自10シリング)をおいて、部屋を出る。

 1階ロビーに集合して、市内観光のバスを待つのであるが、ホテルの1階にある現地の観光代理店(日本語ができるスタッフが、朝8時30分から11時30分まで常駐している)のデスクに行ってみる。

 机を見ると、「ウィーン・フィル マタイ受難曲のチケットあります。」「オペラ座 フィガロの結婚のチケットあります。」「ミュージカル エリザベートのチケットあります。」などと、たどたどしい日本語で書いてある。あとは、お約束の、シェーンブルン宮等で行われるモーツァルトコンサート等のチラシがおかれていた。

 日本でとれなかったウィーン交響楽団のコンサートのチケットがとれないかを尋ねてみた。すぐ、ムジークフェラインのチケット・オフィスに電話をかけてくれた結果、3日のチケットであれば、あまり良い席ではないが、用意できるとのこと。手数料20パーセントかかるが、日本でとるよりも安いし、ともかくブルックナーが聴けるのであれば、文句はない。すぐ「それでお願いします。」と言い、チケットをとってもらった。

 引換証を作ってもらうと、座席の種類のところに「Orchester」と書いてある。これはもしかすると、オケのすぐ後ろの席ではないだろうか...。などと思っている間もなく、市内観光のバスが出発しますよ〜という声。背広を着た男性が呼びにきた。

 チケットがとれて嬉しくてたまらず、スタッフの女性に「ダンケ・シェーン」と言ったら、そんなに大袈裟なというような顔で「ビッテ・シェーン」と言われた。しかし、日本でとれなかったチケットが現地でとれて、しかもムジークフェラインザールでブルックナーの6番が聴けるのだ。こんな喜びはない。

 軽い足取りで、ホテル前に止まっているバスに乗り込んだ。

 バスは、ホテルを出て、インターコンチネンタルホテルに向かう。ここでもう一組のお客さんをのせてから市内観光に向かうとのこと。しかし、ホテルに向かうまでの道程が、すでに珍しいもので満ちている。

 ホテル・アナナスは、ウィーン川(ドナウ河ではない)の直ぐそばに建っている。ウィーン川は暗渠になっていて、これにそって地下鉄4号線(U4)が走っている。その暗渠の上が、市場になっている。バスの窓からも、果物やら野菜やらが見える。

 インターコンチネンタルホテルで一旦停車。ここで若い男女のカップルが乗ってきた。ガイドさんと二言三言話をすると、いきなり、ガイドさんとバスの運転手さんが、ローエングリンの一節(結婚行進曲)を歌い出した(^_^;)。つまり、新婚さんだったというわけ。

 このガイドさんというのが、先にアナナスで我々をバスに促した日本人の背広の男性。最初は現地の担当者で、ガイドさんは別かと思ったら、この人がガイドさんであった。

 いよいよバスは市内観光に出発。観光と言っても、3時間ほどで、環状道路を走り市内の主要ポイントを窓から眺め、シェーンブルン宮殿、ベルベデーレ宮殿で下車し、庭を散策し、その後カールスプラッツに戻って解散というごくあっさりとしたもの。我々は、ツアーを申し込む段階で頼んであったから、別料金はかからなかった。また、シンガポールやハワイなどと異なり、無理矢理土産物屋に連れて行かれることも全くなかった。

 さて、いよいよバスは本格的な市内観光に出発。なぜか真っ赤に塗られた分離派会館(外壁の修復をするため、それまでキャンバス代わりに使ってよいとされたところ、こうなったとか)、ウィーン市庁舎、国会議事堂、国立歌劇場、そして楽友協会ホール...次から次へと、見えるものがすべて素晴らしく、おちおち写真など撮っている暇も無い。その間も、ガイドさんが市内の名所の説明や、市電の乗り方(例えば中央墓地に行くときには市電の71番にのって、墓地の2というところで降りるとか、1番と2番に乗っていれば、必ず乗ったところに戻ってくるとか)を話してくれるので、極めて情報量の多い市内観光となっている。

 また、このガイドさん。いや、単なるガイドさんではないので、名字の頭文字をとってKさんとしておこう。このKさん、結構音楽好きと見えて、そっち方面の話も結構出てくるし、市立公園にある作曲家の像の紹介のときや、ウィーンで活躍した音楽家を紹介するとき、ヨハン・シュトラウスやシューベルトはもちろん、必ずブルックナーをあげてくれる(笑)。その度に私が大きくうなずくので、向こうも「変なやつだな」と思ったようだ。

 バスは、ウィーン大学のあたりを通過している。そこでは、Kさんが哲学の話を始め、ワイマール憲法やハンス・ケルゼンの話まで出てきた。こんどはうさぎが目を輝かせ出した。

 バスは、中央部分から、シェーンブルン宮殿に進路を向けた。運転手さんとKさんが何事か話している。すると、カーステレオが鳴り出した。「ジャン! ジャン!・・・」。安っぽいBGMじゃなくて、いきなりベートーヴェンの「英雄」が鳴り出して、嬉しくなってしまった。

シェーンブルン宮殿にて ベルヴェデーレ宮殿にて(触ると御利益があるそうで(笑))


 15分ほどでシェーンブルン宮殿前に到着。宮殿の中を見ていては一日観光になってしまうので、この観光の中では庭を眺めるだけ。しかし、庭だけでも素晴らしい。一体どこまであるのか判らないくらいの広さ。そして宮殿も、外から見ただけであったが、実に見事な建物であった。

 次いで、ベルベデーレ宮殿へ。ここも、庭をさらりと眺めるだけ。勿体無いと言う勿れ。全部見ていては、1ヵ月滞在しても足りない。ともかくこの市内観光は、ウィーンの全体構造をつかむためのものと割り切って参加しているのだ。

 だいたい、そうしているうちに、時刻はすでに11時30分過ぎ。バスを街の中心部に戻し、Kさんが、観光客相手の店ではなく、自分の行き付けの店に案内するという。まぁ、参加者は8人だから、それも可能だ。それに、この人の話は結構面白いので、一緒に食事をしながら音楽談義でもできればと考え、ついていくことにした。


 バスは国立歌劇場の横、ケルントナー通りに入ってきた。
 Kさんが、「あぁ、あそこにいるのは日本人のピアニストの・・・さんですね〜。・・・さ〜ん。」などと言っている、その時、うさぎが「あーーーーっ!」と叫び声をあげ、指をさした。そこには...。



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