実務からみた司法試験総論


 受験時代は、択一の問題とか解いていて、「本当にこんなの役に立つのか」と思ってたこともありましたが、実務経験をある程度積んでくると、現在の司法試験の方法(短答式−論文式−口述式)というのは、「結構よくできている」と思うようになりました。

 よく、「今の司法試験は、事務処理能力ばかりが重視されていて、じっくりと考えるタイプの人間が受かりにくくなっている」という批判がなされることがあります。しかし、実務に出てみると、「じっくり考えて」ばかりでは、とても仕事になりません。ある程度のところで割り切って「処理」していく能力が要求されます。学者のように「判例の集積をまって」などとのんびり構えていてはいられませんし、ましてや引き受けた仕事(執筆)をいつまでたっても処理しないまま死んでしまうような無責任なことはできません。

 実務家は、複数の仕事を並行して処理することを求められます。一つの事件や課題がうまく処理できなかったからといって、それを引きずって、ほかの事件処理に影響を及ぼすことは禁物です。弁護士と依頼者の関係から言えば、極端な話、ある事件において敗訴判決を受けたとします。弁護士はショックを受けるでしょうが、だからといって、他の事件の当事者にとって、そんなことは関係ありません。自分の事件は自分の事件として、きちんと処理することを求めます。それに応えるのが実務家のつとめです。そうした意味で、3時間30分の間に、それぞれ独立した60の課題を処理すること、そしてトータルで一定の水準の成績を維持することを求めた短答式試験というのは、「一つの失敗にとらわれるあまり他に迷惑をかけるような実務家」を排斥する機能を有するのではないかと考えられるのです。

 また、法律家の仕事の7割以上は「書く」ことです。裁判官は「判決」が勝負ですし、検察官は調書を取り、起訴状を書き、冒頭陳述そして論告求刑を書きます。弁護士も同じです。内容証明、意見書、訴状、準備書面などおびただしい書面を書きます。もっとも、不思議なことに、書面を書かないことを「もちあじ」とうそぶく弁護士もいますが、そんな甘いものではありません。もし弁護士だけが書面を書かなくてもできるような仕事であるとすれば、法曹三者のうち弁護士は下位低劣な地位に甘んずるということになるでしょうがね(笑)。だからこそ論文式試験が司法試験の天王山であるし、これからもありつづけるでしょう。そして、どういう答案を書けばいいのかも見えてくるはずです。詳しくはまた述べるつもりですが、文章で相手を論破し納得させる能力が求められますし、その前提として、何を言いたいのかを相手に正確に伝える能力が求められるわけです。一部の学者の書く論文のように、注釈書や参考書がなければ何を言っているのか判らないような文章は、実務家には不要です。

 そして、もう一つが、対話能力です。実務家の場合、基本的には一問一答という形で対話がなされます。証人尋問しかり、検事の取り調べしかり。そして、対話というのは、実は「話す能力」ではなく、「聴く能力」なのです。相手の言うことをよく聴いて理解し、次に相手から引き出したい答えを頭に置きながら質問を組み立ててぶつけていく。口述式試験というのは、まさに「聴く能力」を問う試験といえましょう。だから、相手の質問も聞かずに喋りたいことを喋るだけのような人間は、口述式試験ではねられてしまうのです。


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