井上道義/新日本フィル マーラーチクルス第3回


日時:1999年12月3日(金)午後7時15分〜
場所:すみだトリフォニーホール
出演:エルザ・モーリュス(メゾ・ソプラノ)
   TOKYO FM少年合唱団(児童合唱)/太刀川悦代、米屋恵子(合唱指導)
   栗友会合唱団(女声合唱)/栗山文昭(合唱指揮)
   新日本フィルハーモニー交響楽団(管弦楽)
   井上道義(指揮)
曲目:マーラー/交響曲第3番ニ短調
 特定の音楽と生活とが不思議な結びつきを見せることがある。私の場合、このマーラーの3番は、仕事に行き詰まった(「息詰まった」と書いた方がいいかもしれない)ときに、なぜかコンサートがあって、当日になって救いを求めるようにしてホールに足を運ぶという形で聴いている。最近だと、6月の新星日本交響楽団の定期がそれであった。今回も、そういう状況で、魂が救いを求めて、ホールに向かっていた。
 昨シーズンは新日本フィルのトリフォニーA定期の会員で、ずっと1階に座っていたので、今回は最上階に行ってみようと思い3階のセンター最前列の席を買った。この日の入りは、マーラーの3番という大曲をきけるチャンスの割には、今ひとつ物足りなかった。初回に指揮者が転倒(?)してやり直しをしたとか(後に聞いたところによると、実は、客席で携帯がなったため、井上氏が機転を効かせて転んだふりをしたということのようでもある)、録音のための設備が我が物顔にセットされていて、「公開録音会か」と言われたりとかといった前評判が先に立ってしまったことも一因なのだろうか。自分自身ステージに立つことがあるので、お客さんの入りは気になってしまう。
 さて、自分の席に行って、「しまった」と思った。  怖い。半端でない高さ。まるでビルの5階のベランダから身を乗り出して聴いているような状況である。NHKホールの3階席の最前列も結構怖いものがあったが、トリフォニーのほうが、高所恐怖症の人間にとっては辛い物がある。おまけにベランダだったら、胸の高さくらいまで手すりがあるが、ここは腰の高さくらいまでである。自分の席に行くまでによろけて落ちでもしたら...。ともかく、いったん座ったら終演まで絶対立たないことにした。まるでステージを眼下に見下ろすようなところであったが、ちょっとしたメリットもあった。
 演奏が始まる前のベル。通常はホール備え付けのチャイムなのだが、この日は、第5楽章で使うベルが「ビン!バン!」と打たれ、趣を添えていた。オケのメンバーと女声合唱が入ってきた。児童合唱は...姿が見えない。それにステージには入る場所もない。いったいどういう風にするのか。
 例のごとく、井上氏が大股で入ってくる。最初のホルンのユニゾン。ちょっと揺れたところはあったが、おおむねいい響きであった。そのあとは、いつ果てるとも判らない音楽の環の中を進んでいく。ともかく第一楽章がとても長く、そして心地よく感じた。あとはほとんど時間を感じさせないままに進んでいった。第3楽章の最後のところで、いつの間にか、メゾのモーリュスがステージに出てきた。「おお、人間よ、心せよ!」という言葉で始まる歌の美しいこと、そして乾ききった心を癒してくれるような瑞々しい響き...。
 ほどなく第5楽章。  「ビン!バン!」  あれ。いったい児童合唱の声はどこから...と思ったら、ホール両側の最上部のスペースからだった。1階からは姿は見えなかっただろう。そのぶん、天から降る天使の歌声のように聞こえたかも知れないけれど...。
 そして、最終楽章。プログラムには書かれていなかったけれど、「夏の朝の夢」という副題が大好き。そしてこの副題を一番感じさせてくれるのがこの楽章である。今は冬だけれど、初夏の、爽やかな朝の空気の中で、まだ夢うつつのような心地よさを連想させてくれるのだ。
 そして最後の2組のティンパニーの連打。壮観であった。最上階から見ているとなおさらそう感じた。最後の音がホールに消え、柔らかな拍手がホール中に広がっていった。  今回も、また、マーラーの3番に助けられた。

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