アグネス・バルツァ リサイタル(サントリーホール)



日 時:1997年2月12日(水) 午後7時〜
場 所:サントリーホール

出 演:2月9日と同じ。
演 目:  〃

 パルテノン多摩でのコンサートの翌日のことだった。こんな夫婦の会話があった。

 「名古屋、まだ、S席から残ってるって。」
 「じゃあ、行こうか。新幹線だったら2時間だし、片道9000円くらいだから。」
 「でもねえ。」
 「だって、自分で電話までかけて聞いたんでしょ。行きたいんじゃないの?」
 「ブーちゃんは?」
 「そりゃ。行きたいよ。歌姫を追って密航なんて、いいじゃん。」
 「交通費込みで3万かあ。」
 「でも、納得の行く使い方だと思うよ。個人勘定の収入から洋服とかに無駄に金使わされるのはいやだけどさ。」
 「じゃあ、サントリーのコンサートが納得行かなかったら行こう。サントリーので満足したら、そこで止めておこうよ。」
 「そうだな。秋に藤原歌劇団のカルメンもあるし。」
 
 ということで、パルテノン多摩でのコンサートから、中2日おいて、サントリーホールでのコンサートを迎えた。

 今回は、多摩の時とは衣装を替えて濃紺(ほとんど黒に近い)の、やや光沢のある生地で仕立てたドレス(ローブ・デコルテっていうやつかな)だった。

 前回は、初めて聴く曲が多かったこともあって、声の素晴らしさに圧倒されてあれよあれよと言う間におわってしまったのであるが、今回は、じっくりと構えて聴くことができた。

 最初の「ヴェールの歌(ドン・カルロ)」では、途中ピアニッシモで声をころがすところがあるが、絶妙の出来。客席も、針が落ちても聞こえるような静けさで、バルツァの声を一秒たりとも聞きのがすまいという気迫にあふれていた。

 「アルジェのイタリア女」は、実に表情豊かに歌い上げた。カレーラスのチャリティコンサートで、ライモンディと「何という顔つき」で軽妙な二重唱を聞かせてくれたのをほうふつとさせる出来であった。

 ところで、こういう演奏会ではオケだけの曲というのは往々にして軽くにみられてしまいがちだが、今回の東フィルは、決してバルツァの歌を妨げず、しかも「次の歌への期待」を盛り上げてくれるという、至高のガルニチュールとしての役割を見事に演じきった。中でも前半の、カヴァレリア・ルスティカーナの間奏曲などは見事な演奏で、ブラーヴォの声が飛んでいたもの当然であろう。

 前半の最後は「ママも知るとおり」。今回は、サントゥッツァの悲しみを正面からうけとめる構えで聴いたから、途中で涙がでてきた。

 後半はまず「サムソンとデリラ」。

 そして、いよいよ「カルメン」。オケの楽員の交代が済むや否や、ナヴァーロが棒を振り下ろして、前奏曲。パルテノンのときと同様、無駄な動きは全くない。

 「ハバネラ(恋は野の鳥)」を歌うバルツァは、まさに妖艶というか・・・身のこなし、節回し、すべてが素晴らしい。そして、一転して、「カルタの歌」では、死を予感させる不安な気持ちをいっぱいに表現していた。

 そして、拍手を抑えるようにして、ナヴァーロが構えて、第4幕の前奏曲。このときのバルツァが、また良かった。多摩では凛として真正面を見据えた立ち姿であったが、今回は、やや笑みを浮かべながら、ゆっくりと、天を仰ぐような動きをみせてくれた。このまま踊り出してもおかしくないような、流麗な身のこなしであった。

 最後は「セギディーリャ」。この日も、最後のくり返しのところは、激しく叩きつけるような歌い方。まさに自由闊達な歌声をきかせてくれた。

 場内は割れんばかりの拍手と歓声。カーテンコールが繰り返され、バルツァは渡された花束から、小さな真紅のバラの花を一輪胸の谷間にあしらってステージに登場。そして、ナヴァーロが指揮台にあがる。客席が静まり返る。ピチカートとクラリネットの旋律。会場がどよめく。ナヴァーロが客席にむかって、笑顔で「シー」の合図。一瞬にして、客席が静まった。そして、ケルビーノのアリア。カルメンのときとはまったく違ったコケティッシュな立ち振舞いに艶やかな声。最後の音が消えて、一瞬の沈黙があってから空気がふっとゆるんで拍手喝采。

 そして最後は「私のおとうさん」。やや速めのテンポで、高音のところはたっぷりと歌う。文句なしの出来である。

 客席はパルテノン多摩のときほどではないが、7割ちかい聴衆がスタンディング・オベーション状態。

 ということで大満足で帰途につき、「バルツァ追っかけ名古屋密航の旅」は未遂(実行の着手もないから予備か(笑))に終わったのでした。


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