アグネス・バルツァ リサイタル(パルテノン多摩)



日 時:1997年2月9日(日) 午後6時〜
場 所:パルテノン多摩大ホール

出 演:アグネス・バルツァ     (メゾ=ソプラノ)
    東京フィルハーモニー交響楽団(管弦楽)
    ガルシア・ナヴァーロ    (指揮)

演 目:ヴェルディ  /歌劇「運命の力」序曲
      同    /歌劇「ドン・カルロ」よりヴェールの歌「美しい園に」
    ロッシーニ  /歌劇「アルジェのイタリア女」より
              序曲
              イザベラのアリア「むごい運命よ、はかない恋よ」
    マスカーニ  /歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」より
              間奏曲
              サントゥッツアのアリア「ママも知るとおり」
−−−−−−−−−−−−−−(休憩)−−−−−−−−−−−−−−−−−
    サン=サーンス/歌劇「サムソンとデリラ」より
              デリラのレチタティーヴォとアリア「愛よ私に
              力を与えておくれ」
    ビゼー    /歌劇「カルメン」より
              第1幕への前奏曲
              ハバネラ「恋は野の鳥」
              第3幕への間奏曲
              カルタの歌「何度やっても同じこと」
              第4幕への前奏曲
              セギディーリャ「セビリアの砦の近くに」
−−−−−−−−−−−−(アンコール)−−−−−−−−−−−−−−−
   モーツアルト  /歌劇「フィガロの結婚」よりケルビーノのアリア
              「恋とはどんなものかしら」
   プッチーニ   /歌劇「ジャンニ・スキッキ」より「私のお父さん」


 「昨年はウィーン国立歌劇場の来日公演で、ベームの指揮でフィガロを聴きました。いや〜それにしても、バルツァというのは大した歌手です。」

 10年以上前に中学・高校時代の同級生だった友人から貰った年賀状の文面に書かれていた添え書きである。この友人とは、昭和50年のウィーン・フィルの来日公演を一緒に聴きに行った仲であった。その後彼は大学のオーケストラでチェロを弾くようになり、私は合唱団で中世・ルネサンスの曲にはまっていった。

 年賀状の文面を見て印象に残っていたのは、ベームという文字。バルツァは「へ〜。そんな歌手がいるのか」という程度であった。

 アグネス・バルツァという歌手を初めて本腰を入れて聴いたのは、実は2年ほど前のこと。ホセ・カレーラスが主催したチャリティーコンサートのビデオの中であった。ここで彼女の歌う「セギディーリャ」を聴いて、その軽やかな節回しに仰天した。そして「ママも知るとおり」、カレーラスとの二重唱「いい加減にしないか、サントゥッツァ」では、おどろおどろしいまでの情念に圧倒され、一転してマイクをもっての「汽車は八時に出る」では、なんとも切ない響きを聴かせてくれた。それ以来、一度生で聴きたいと思っていた。

 演奏会場であるパルテノン多摩は、小田急・京王多摩センター駅から歩いて5分程度のところ。多摩センターの駅に降りたのは大学卒業以来だから、もう15年ちかく前のこと。あまりの変わりように唖然ととした。私が大学に入った当時は、多摩センターは「駅」だけであり、周りは赤土の山。小田急多摩線などは、荒野の中を走る幌馬車のようなもので、和歌山線もびっくりといった状態だったのだから(笑)。それが今は、そごうや京王プラザホテルなどが林立し、ほとんど遊園地のような街になっていた。

 パルテノン多摩大ホールは、「大ホール」といっても、1フロアで比較的小さい。クロークやロビーがちと狭いが、いわゆる「市民会館」の類とはちょっとだけ違うように感じた。

 さて、演奏。最初は「運命の力」序曲。ナヴァーロの指揮は、ブリブリと振り回すというより、控えめの棒でオケに委ねているという感じ。東京フィルを聴くのは初めてであるが、なかなかよく鳴っていた。

 われわれの席は、前から7番目で舞台に向かって右寄りであったため、舞台への出入り口が良く見えた。そして、いよいよバルツァの登場。おもわず息を呑んだ。カッコイイ。ビデオで見たときは茶のアフロヘアだったが、今回は黒髪で奇麗にまとめていた。そして黒いドレス。

 最初はドン・カルロから「ヴェールの歌」。軽快な3拍子のリズムに乗って、バルツァの声がホール一杯に響く。声だけではなく全身で歌うといったほうが良いかもしれない。

 次は「アルジェのイタリア女」。序曲の次に、イザベッラのアリア。こちらも十八番ということで、自由自在に歌い上げる。いわゆる「演奏会」というよりも、オペラの中から、彼女の歌う部分だけを切り取ってきたといったほうがよいくらい、「演技」していた。

 前半の最後は「カヴァレリア・ルスティカーナ」。間奏曲が終わって、舞台袖から出てくるバルツァの表情が、前の二曲とまるで違う!慟哭のような前奏から、切々とサントゥッツァはトゥリッドウの母に向かって歌う。「お母さん。あなたもご存知のように、トゥリッドウはローラへの愛を断ち切るために私を好きになり、私も彼を好きになった。それなのにローラは私を妬んで彼に秋波を送り二人は愛し合っている...」。なんて悲しい歌だろう。バルツァは、間奏曲が演奏されている間に、完全にサントゥッツァになり切っていた。

 後半は、最初がサン・サーンスの「サムソンとデリラ」。これは初めて聴いた曲なので、なんとも言い難いが、一つ感じたのはフランス語、特に鼻母音の発音がとても奇麗だったということ(これはカルメンでも同じ)。

 そして、カルメン。おなじみの前奏曲から、ハバネラ。静かな第3幕への間奏曲。カルタの歌。と完全に惹き込まれてしまった。そして...カルタの歌を歌い終わった後、ナヴァーロが間を取ろうとしたら、バルツァはそれを拒み、直ちに第4幕への前奏曲へ。

 この前奏曲の間の、バルツァの立ち姿の美しかったことといったらない。曲の間、真正面を見据えて立つ彼女の姿は、見栄を切る歌舞伎役者に通じるところがあった。まさか声をかけるわけにはいかないが(笑)。

 そして、私を虜にした「セギディーリャ」。91年のビデオのときよりも、地声を混ぜたような歌い方になっていたが、より情熱的というか訴えかけるものがあった。

 これでプログラムは終了。

 鳴り止まぬ拍手に応え、アンコール。弦のピチカートとクラリネットのソロがきこえた時点で、皆大喜び。「恋とはどんなものかしら」。友人が15年以上前に聴いた「その曲」を今聴くことができた。当時の歌い方がどんなだったかはわからないけれど、この曲を歌ってくれたこと自体がうれしかった。

 二曲目は、「私のお父さん」。娘からあんなに切々と許しを請われたら、思わず許してしまうだろうなあ〜と思うような情感のこもった節回し。参った。

 最後は、聴衆総立ちという、実に気持ちの良いお開き。風邪がはやっている割には、せき込む声もあまり聞こえず、水をうったような静けさの中で音の出を待つというシーンがかなりあり、その点も非常にうれしかった。

 秋に藤原歌劇団で「カルメン」に出るとか。この際相手役は問わない(^_^;)。

 さて、今日(12日)はサントリーホールだが、どうなるか...。


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