朝比奈隆 ブラームス・チクルス I


日 時:平成8年4月6日(土) 午後7時〜
場 所:サントリーホール
出 演:朝比奈隆(指揮) 東京都交響楽団(管弦楽)
     伊藤恵 (ピアノ−1のみ)
曲 目:1 ブラームス /ピアノ協奏曲第1番ニ短調 作品15
    2   同   /交響曲第1番 ハ短調 作品68


 午後6時30分の開場の少し前にサントリーホールに着いたが、普段よりも沢山の人がホール前の入り口に溢れている。土曜ということもあるのかもしれないが、聴衆も気合が入っているように感じた。券の発売窓口には、「本日の入場券はすべて売り切れました。」の貼り紙。

 今回は滑り込みでチケットを獲得することができた。席は2階LD2列2番(B席)。座席表で見ると、凄く隅っこの席のようにみえるが、実際に座ってみると、なかなかよいポジションである。

 午後7時少し過ぎに開演の合図。座席は97パーセントくらい埋まっている。オケのメンバーが登場し、チューニング。客席の明かりが落ちて、舞台の照明が強くなる。ときめきの一瞬。それにしても、今日は、客席が異常に静かである。しわぶき一つ聞こえず、ピアニストと指揮者の登場を待つ。

 そして、静けさを破るようにして拍手の波が。まず伊藤恵さんの登場。そしてやや遅れて朝比奈先生が登場。ゆっくりと、しかししっかりとした足取りで指揮台に向かう。拍手が倍増する。

 最初の曲は、ブラームスのピアノ協奏曲第1番。しかし、正直言うと、どういう曲だったか思いつかない(^_^;)。第2番はよく聴くのであるが...序奏が始まって、ああ、この曲かとわかったくらいであった。

 そんなわけで、ピアノ協奏曲第1番については、あまり語るものを持たないし、あんまり印象はないので詳しくは述べないが、一言でいえば「河のような演奏」だった。第1楽章は奔流のような、第2楽章はとうとうと流れる大河のような、第3楽章は再び溢れ出る水をイメージさせる演奏であった。そして、ところどころ出てくる「ピアニッシモ」の部分が、実に美しかった。

 前半が終わって、休憩。ロビーにでると、普段より人が多いように感じた。2階のトイレが長蛇の列だったので、地下のトイレまで行く。ホール入り口のところでは、チクルス2〜4までのチケットの予約を受け付けている。やはり今回のが一番人気だったようである。

 後半は、交響曲第1番。今日はこの曲1本で勝負するつもりできた。1975年3月22日にベーム/ウィーン・フィルでこの曲を初めて生で聴き、その演奏の凄さに圧倒されて今日まできた。その後、昭和56年の11月だったかに、カラヤン/ベルリン・フィルでブラ1を聴いたが、今一つピンとこなかった。その後、さまざまな演奏を聴いたが、ベーム/ウィーン・フィルの演奏を陵駕するものには接することができなかった。

 開演の合図がなり、扉が閉められる。前半に空いていた席もほとんど埋まっている。ほぼフルハウス状態になった。チューニングが終わり、再び静寂の世界。

 そして、朝比奈先生が登場。割れんばかりの拍手。ゆっくりと、ゆっくりと歩を進め、指揮台に向かう。そして客席に向かって答礼。拍手が一段と高くなる。くるりと向き直り、楽譜をめくる。その「ハラリ」という音すら、2階席にきこえてくるのだ。

 まもなく指揮棒が振りおろされ、あのティンパニーの連打が...と思うと緊張が高まる。おもむろに、指揮棒が動く。すると、想像以上の力強いティンパニーの音。そして旋律。うねるような序奏。若干弦の音が固いところは気になるが、実に力強い演奏である。そして、アレグロの部分にはいると...実にゆったりとしたテンポ。最初はちょっと違和感を感じるほどであった。カラヤン/ベルリンフィルの演奏は、タタタ・ター タタタ・ターというあの独特なリズムを感じさせず、旋律を流麗に走らせるものであったが、朝比奈先生のは、縦の刻みをはっきりとつけるものであった。

 第1楽章が終わったところで、ほっと息をする。このままでいくと、第2楽章も相当遅いのだろうか...と思いきや、第2楽章は、ごく普通のテンポだった。糸をつむぐように美しい旋律が次から次へと演奏されてゆく。そして、終盤のVnのソロは実に美しいものであった。

 第3楽章。「ソーファミファミレミファミレミレドレーーーー」(移動ドです(笑))というクラリネットの旋律ではじまるところ。普段意識しなかったチェロのピチカート(リズムを刻んでいる)をやや強めに演奏させていたので、クラリネットの旋律が、「ボンボンボンボン・・・・」というリズムに乗って、厚みを帯びてきこえてきた。 第3楽章から第4楽章へ。すぐに入っていった。そして「息を呑むピチカート」。たまらない一瞬である。ホルンの奏でる「ミーーーッレドーーーソーーーーーー・・・」少しだけ音が濁ったが、気になるほどではなかった。それを追いかけるように、トロンボーンの響き。ゆっくりと噛み締めるような演奏。

 そして、一瞬の静寂の後弦楽合奏の始まり。実に美しい。あとはフルパワーで終結部へ向かう。最後は、第1楽章と同じくらいに極端にテンポを落とし、一つずつ確認するような演奏。それでいて、決して「鈍重」ではない。まさに「重厚」という言葉がふさわしい。ベームのとも、チェリビダッケのとも違う、「朝比奈隆のブラームス」がそこにあった。

 最後の和音が消えたあとは、まさに嵐のような拍手。朝比奈先生は、オーケストラとともに、3回ほどカーテンコールに答礼された。オケのメンバーがひきあげても、8割以上の聴衆が拍手を贈り続ける。皆、ステージ前に押し寄せている。朝比奈先生が再度登場された。再びブラボーの嵐。5分ほど聴衆の歓声に答えられ、袖に下がった。そこでやっと拍手がやんだ。ふと、時計をみると、9時20分を過ぎていた。

 ベーム/ウィーン・フィルのブラームスの交響曲第1番は、自分にとっての初恋の相手だ。その人が忘れられず、他の人を好きになれずに今日まできた。しかし、今日の演奏は、「新しい恋の始まり」といえる素晴らしい演奏だった。
======================= 1996/04/07(Sun) 14:41:35 ====================


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