朝比奈隆の軌跡2001−ブルックナー後期交響曲選集(第1回)−
日時:2001年4月21日(土)午後5時開演
場所:ザ・シンフォニーホール
出演:大阪フィルハーモニー交響楽団(管弦楽)
朝比奈隆(指揮)
曲目:ブルックナー/交響曲第5番 変ロ長調(ハース版)
朝比奈・大フィルは、東京での演奏会で何度も聴いているが、一度「地元」で聴いてみたいと思っていた。そんなおり、「朝比奈隆の軌跡2001」という企画。内容はブルックナーの交響曲選集で5番、8番、9番を、ザ・シンフォニーホールで演奏するというもの。しかも、開始時刻は土曜日の夕方5時とか祝日の午後3時。「聴きにきなはれ」と言わんばかりのスケジュール(笑)。このような千載一遇のチャンスを逃すわけにはいかない。ということで、3公演のセット券をゲットした。
さて、当日は11時21分発・新大阪午後2時38分着のひかりに乗車。車内で、前日の大学のゼミで学生から集めたアンケートをみながらメモを作っているうちに、何のことはなく新大阪についてしまった。さすがにウィーンより近い。時差もないし(笑)。
大阪は弁護士登録してからしばらくの間裁判所に通っていたし、和歌山に遊びに行くときにも何度も通っているから、ウィーンに次いで慣れた街である。まずは「自由軒」に行くことにして、地下鉄御堂筋線にのり、なんばで下車。なんなんタウン方面から地上に出る。
雨がぱらついていることもあってか、アーケード街はひときわにぎやかである。町ゆく人の会話が、すべて漫才に聞こえる(^_^;)。人混みを抜けて、お目当ての自由軒へ入る。相変わらずのにぎわいであるが、幸い待たずに入店できた。この前来たのは4年前。さすがにおばちゃんたちもかなりメンバー交代していた。
名物カレーとビフカツ(といっても、薄切りの牛肉1枚に衣をつけたもの)を注文。さほど待たずに料理がきた。どっちもおしゃれなものではないけど、ボリュームと味は大満足。まさしく「大阪洋食」の醍醐味である。名物カレーは、生卵を丹念にご飯に混ぜ込み、ソースをかけて食べると、味に何ともいえない深みが出る。懐かしい味を堪能して、空席待ちのお客さんにバトンタッチ。
店を出て、金券ショップで帰りの新幹線のチケットを買う。以前に比べて金券ショップの場所が減っているように感じた。高島屋の前にある金券ショップで、追加料金2350円を払えば「のぞみ」に振り返られるキップが11950円。再び地下鉄御堂筋線に乗るためになんばの地下街へ。ここから南海電車の特急サザンに乗ってしまえば、和歌山にひとっ飛びであるが、今回は断念。
駅構内で、髪を金髪に染めた5歳くらいの双子の姉妹がいた。一人はホームに座り込んで、火がついたように泣いている。すると、すこし離れたところでお母さんと一緒にいるもう一方が、「はよこっちへおいで」となだめる。泣いている方は「いやや〜」と拒絶。すると「そんなら、そこでひとりぼっちになれ〜!」
容貌もなかなかであるが会話もすごい。あの歳で、すでにゼニのとれる話芸を身につけている。そんな大道芸(じゃないか)を楽しみ、また地下鉄に乗り梅田で下車。JR環状線に乗り換える。駅にはユニバーサルスタジオジャパンの案内表示があちこちに設けられている。
福島駅で下車。それらしい人の流れにのっていったら、あっけなくホールに到着。エントランス前が公園になっていて、なかなかいいロケーションである。
いざ、討ち入り、ということでホールに入る。一階が入り口とクローク、二階がホワイエ。三階が平土間席(ただし後方は傾斜あり)という感じ。ホール自体はサントリーホールと比べると、こぢんまりとした感じであるが、グランドホワイエの雰囲気とかは、なかなか落ち着きがあってよい。
早めに客席についてプログラムを眺めたりしながら過ごす。ウィーンのシュタットパークにあるブルックナーの胸像の写真が載っている。座席は前から二番目でヴィオラのトップの真横あたりの席である。
三々五々、大フィルの奏者が入ってくる。東京でも何回も見ている顔であるが、気のせいかもしれないが、東京での演奏会のときより、リラックスした表情に見える。しかし、みな懸命にステージ上でさらっている。開演10分前くらいには、とうとうほとんどのメンバーがステージに出てきておさらいを始めた。結構やかましい(^^;)。
開演の合図があり、一転して静まりかえるとコンサートマスターの登場。チューニングをおえ、いやがうえにも期待が高まる。ブル5は好きな曲だがなかなか聴くチャンスがなく、昨年の都響定期はウィーン旅行で見送らざるを得なかった。
そしてシンとしたホール内に拍手が沸き上がっていく。朝比奈先生の登場である。いつも通りコンサートマスターとフォアシュピーラーと握手をして、客席に答礼、そしてオケに向き直る。
第一楽章。ゆったりとしたピチカートから柔らかな弦楽合奏。そして一瞬の静寂からユニゾンの上昇音型。コンサートマスターが弓を大きく振っているのがわかる。一瞬、昨年のN響のときのブル9を思い出す。
かなり遅いテンポであるせいか、あるいは席が前よりで、各楽器のナマの音が聞こえすぎるせいか、やや、各パートが手探りで演奏しているように聞こえてくる。途中、朝比奈先生が煽るような仕草をしたところもあったが、それにのりきれなかったかと思うところも。そんなわけで、第一楽章は、自分にはちょっとギクシャクした感じに聞こえた。N響で8番をやったときもそうだったが...。
第二楽章もかなり遅いテンポで訥々と語るような演奏。これは非常に味があった。練習番号Bの弦楽合奏のところなど、たっぷりと弓を使って馥郁とした香り漂う音楽が流れていく。このあたりからだろうか、オケ自体に推進力のようなものが出てきたように感じた。第三楽章の前に、金管の別働隊が入ってきて、チューニング。第三楽章は実に生き生きとした音楽が鳴り響いた。
第四楽章。ここからが圧巻だった。柔らかすぎず固すぎない金管のコラール。フーガではプルトの全奏者が弓をいっぱいに使って、おそらくは、朝比奈先生が入念に仕込んだ弓使いで、ボリュームのある音楽を奏でる。そして、まるで丘をかけあがっていくようにテンポをあげてフィナーレに向かって進んでいく。3年ほど前の東京定期で聴いた5番もすばらしかったが、今日の演奏も凄い。まさにホールに大伽藍を組み立てていくようだ。
そして、ここを聴くために大阪にやってきたと言っても過言ではない練習番号Z!別働隊も交えてオケのパワーが炸裂する。シンフォニー・ホール全体が楽器となって鳴り響く。思わず真正面のパイプオルガンを見上げる。二週間前に訪れた聖フロリアン教会のブルックナーオルガンが脳裏に浮かび、涙があふれそうになる。ああ。この時間がいつまでも続いてほしい...。
バァン!
すべての音がホールの天空にすいこまれ、静寂がホールに満ちあふれる。聴衆は、このすばらしい音楽に圧倒されたのか、この静寂を心ゆくまで楽しんでいるのか、無粋な拍手やブラーボは全くおこらない。この静寂は、昨年のヴァント/北ドイツ放送交響楽団のときにも生じたが、今日は華やかなフィナーレで、つい勢いで拍手が出る危険性が高いと思っていただけに、なおさらうれしかった。
やがて、先生が「よっしゃ。」とばかりに手をあげると、フッと我に返った聴衆から、堰を切ったような熱烈な歓声と拍手がおくられる。3度ほどカーテンコールがあって、オケのメンバーは散会。
客席はほとんどの人が残って、先生の登場を待つ。東京でも見られる風景であるが、ザ・シンフォニーホールの方がこぢんまりとしているせいか、聴衆の熱気がより近くに感じられるような気がする。そして先生が再度登場。ものすごい拍手と歓声。客席は総立ち。ステージ前で「マエストロ!ブラーボ!」と、まるで歌舞伎の声かけのような声援をおくっているひともいる。
長い歓呼と答礼が終わり、聴衆も散会する。出口のほうに向かおうとすると、サントリーホール等でいつも見かける人の姿を数名発見。困ったものだ(笑)。
ゆっくりと人の流れについて、エスカレーターでホワイエに降りると、ホワイエ内で近くのホテルのパンを売っていた。こんなところが、気取らない大阪らしい(^^)。クロークで荷物を受け取って、ホールを去る。あと2回、こんなワクワクするような気分を味わえるかと思うと、うれしくなってしまう。
福島駅で環状線に乗り、大阪で京都線に乗り換える。思いの外早く新大阪駅に到着できた。午後7時20分前後の新幹線に乗れる。これならば東京には10時30分前に着く。お弁当とお茶を買い、ホームに向かう。土曜日の夜の上りということで、広島始発の新幹線の自由席でも楽々3人がけの席に一人で座れた。
お弁当を食べてから、Visorにキーボードをつなぎ、旅行記を書く。ウィーン里帰りのときは、Atokをインストールするのを忘れるという失態をやらかし、キーボードでの入力がおっくうになってしまったが、今回はセットアップ済み。パソコンのAtokほどではないが、比較的サクサクと入力することができる。
ひとあたり旅行記を書き終えてから、次はメールの返事を書く。それから大学のゼミの資料を作る。そんなことを夢中でやっているうちに、ふと頭を上げると、すでに小田原を通過して、まもなく新横浜。なんということだ。
新横浜で多くの人が降り、ほどなく東京駅に到着。午後10時15分すぎ。中央線で新宿についたのが10時45分ころであった。そこでタクシーに乗ってしまい、自宅には午後11時前に到着。何のことはない。サントリーホールで演奏会を聴き、途中で本屋やCD屋に寄り道をして帰ったときと大差ないのだ(もちろん5時開演ということはあるが)。
家の風呂にゆったりとつかり、名演の余韻を楽しむ。一昔前だったら「演奏会のためだけに大阪に行く」というのは、音楽を生業にしてでもいない限り、あまりにも道楽がすぎると言われただろう(いまでもか(笑))。でも、そうした、ほのかな後ろめたさが、まるで密航のスリルのような気分を味わわせてくれるのだ(実際には、一度ウィーンまで行ってしまうと、大阪に行くことなど、何の苦にもならないのであるが)。
それに、「楽友協会ホールで聴くウィーン・フィル」と同様、「ザ・シンフォニーホールで聴く大阪フィル」は、サントリーホールや東京文化会館で聴く大阪フィルとはひと味違っていた。
大フィルの本当のフランチャイズはフェスティバル・ホールだろうから、ザ・シンフォニーホールは本当の地元ではないと言われるかもしれない。しかし、年に2・3回しか演奏機会のないサントリーホールや東京文化会館(最近はもっぱらサントリーホールであるが)よりも、ザ・シンフォニーホールの方が「楽器」として使い慣れているだろう。そんな目に見えない「余裕」のようなものを、団員の方々から感じられた。
今年は、朝比奈・大フィルのブルックナーを数多く聴くことができる。シンフォニーでの「軌跡」があと2回。サントリーの東京定期と特別演奏会。そして11月には、奇しくも昨年の同時期にヴァント/北ドイツ放送交響楽団が奇跡の3日間をプレゼントしてくれた聖地タケミツ・メモリアルに初見参で3番。すべての公演が魂に響く名演になることを期待する。
2001.04.22